
2010年7月22日木曜日
試験の続報

2010年2月1日月曜日
エール
札幌滞在記の続編である。
精神保健福祉士試験の翌日は、早朝から社会福祉士会の活動である。
社会福祉士国家試験の会場で、社会福祉士会の加入チラシの配布活動である。他の理事と3人で、会場となる北星学園大学で実施。会場といっても建物の中には入れないため、地下鉄から大学までの通路、外での配布となる。昨年は雪模様、一昨年は吹雪ということもあり、家からカイロや毛糸の帽子、手袋を持ち込んで暖房対策には余念がない。
朝8時現地集合ということで、ホテルを7時に出るため、朝食はホテル1階の会場に6時30分の開始前に行く。正解である。6時30分過ぎだと並んですぐには食べられそうにもなかった。この日は、社会福祉士の試験だけでなく、介護福祉士、そして精神保健福祉士の共通科目の試験日でもある。
朝食会場では、介護福祉士の受験に来ていた我が町のヘルパーさんと顔を合わせ、お互いにびっくりしながらも、頑張れのエールを送る。
大学前の通路に立ち位置を確保し、準備OK。
8時からぼちぼちと受験生が歩いてくる。
昨年と違い、今年は青空で、絶好の試験日より?。チラシ配りには最適な天気に恵まれる。
「おはようございます。社会福祉士会です。頑張ってください!」と呼びかける。
ある人は、「ありがとうございます」と言って、チラシを受けとってくれる。ある人は、見向きもしないで真っすぐ前を向いて通り過ぎていく。「そんなに緊張してどうするの。チラシ配っている人の身になって考える余裕を持ってよ!」と、昨日の余裕のなかった自分は棚に上げ、勝手にそんなことを思ってしまう。
チラシを受け取るのは5〜6人に一人か、受け取らないなら、余計に大きな声で「おはようございます!」と言ってしまう意地悪な自分。
受験生の中に知っている人はいないかなと思ったら、いました。事前にチラシ配りしているからといってあった網走のKさん。そして受験しているとは知らなかった美幌のUさん。「頑張ってよ〜」と、応援エールを送る。
彼らには、合格するともちろんすぐに社会福祉士会の会員に有無をいわず加入してもらおう。
1時間30分近くのチラシ活動を終わらせ、向かったのは書店である。精神保健福祉士の試験があったので、他の本を読むと勉強ができなくなると、しばらく書店にはいかなかったので久しぶりである。入り口横のロビーで10数人が並んでいる。なんだろうと思ったら、今年の直木賞を受賞した佐々木譲さんのサイン会をしていた。
佐々木譲さんの作品は、警察ものが多く、受賞作も「廃墟に乞う」の題目で、夕張を舞台に休職中の警察官の心の動きを表した作品だと聞いていた。
お客さんが並んでいる先に佐々木譲さんがいた。購入した本にサインをし、ある人は携帯電話のカメラで記念撮影をしている。いつも持ち歩いているデジカメがこのとき役に立つ。サインをいただき握手をして、記念撮影をする。ときの直木賞作家と一緒に写れたのは何か得した気分になる。
一方で損をした気分は、初孫である心乃と時間がなくて会えなかったことである。
2010年1月31日日曜日
国家試験の行方
先週の金曜日から札幌に出ていた。
このブログの初めに記した精神保健福祉士の国家試験受験のためである。
昨年4月から短期通信教育を受講し、毎月2〜3本のレポートを提出、7月、9月の2回、札幌でのスクーリング、そして11月は2週間の現場実習と、昨年1年間はこの勉強に時間を費やした。そして、先週土曜日がその集大成の試験日であった。
試験会場となった北翔大学には、スクーリングで知り合った仲間や先輩、ともに2週間の現場実習を学んだ仲間の顔が見え、ホットした反面、余計緊張感が広がる。
というのも今回の試験勉強は、集中して勉強したということが少なく、自分の中ではすごく自信がない。55歳を過ぎて覚える機能が衰えてきて、今までの勉強方法も変えながら何とかこの1年を乗り切ろうとしてきた。でも、模擬試験はいつもギリギリ。覚えているようできちんと覚えきれない。うろ覚えの状態で迎えたこの日の試験である。
1時から試験監督員の説明が始まる。
そして、答案用紙、試験問題の配布と続く。机の上には、鉛筆と消しゴム、時計以外は置かないように。持ってきた鉛筆は、札幌にいる娘が誕生祝いの一つに「必勝」と書かれた五角(ごうかく)形の鉛筆である。
試験前の説明が終わっても、試験開始となる1時30分にはまだ10分以上がある。しばらくこのままでお待ちくださいというが、この時間がなんともいえない。
今まで受けた各種の検定のときは、この開始までの時間の緊張を楽しんでいたが、今回はそんなわけにはいかない。余裕のない自分がいることがわかる。
でも何としても合格したいという気持ちは人一倍持ってきたつもりである。
みんなも緊張しているなと、周りを見渡しながら、1時30分を迎えた。
「開始してください」の声に、一斉に問題用紙をめくる音が聞こえる。自分は、いつものように、深い深呼吸を2回してから、2時間20分の試験に向かっていった。
結果はどうなったか分かりません。合格発表となる3月15日を待ちたいと思う。このブログも合格発表された後では日のめが見ないことも大いに予想されるので、むしろ終わってすぐのほうが乗せやすいと思ったところである。
自信がないのは、試験前も試験後も変わっていない・・・・。
2010年1月1日金曜日
新年を迎えて
2010年の新しい年が明けた。
1月1日は、新しい年を迎えての決意を語る日でもあるが、その前に2009年の自分を振り返ってみよう。
昨年は何といっても7月の初孫誕生である。このブログでも孫が可愛いということをしつこいと言われるくらい書かせてもらった。今、その孫は5カ月が過ぎ、体重は9キロを超えて普通は1歳の子の大きさとか。ゴロン、ゴロンと転がりができるようになっており、札幌に行く楽しみが増しているところである。
また、社会福祉士の活動では、3月の北海道社会福祉士会総会で理事に選出され、2年間道の役員を担うことになった。初めての理事の立候補が、初めての定員オーバーによる理事選挙とぶつかったが、おかげさまで当選し、2年間の理事としての活動を担わさせてもらっている。理事としては、会員拡大担当という大役で、方針はどうにかできたものの実践はこれからと課題も多い。
4月からは精神保健福祉士の受験のため通信教育を受講している。5月から毎月3〜4本のレポートを書き、11月には2週間の実習も終わらすことができ、あとは受験生を真面目にするかどうかである。
2009年、忘れてはならない出来事があった。政権交代である。長い間続いた自民党政治から民主党を中心とする社民党、国民新党の三党連立による政権ができ、「コンクリートから人へ」の政策転換が図られつつある。介護・福祉分野でも年金問題をはじめ後期高齢者医療、障害者の自立支援法などここ数年で見直しをすると明言している制度もあれば、今後の中で見直しがされるものもでてくるであろうと思う。我々も、法律だからしょうがないと終わらすのではなく、携わっている者だからこそいえる制度の矛盾などを声を出していかなければならないと感じている。
そんな2009年ともお別れし、迎える2010年。
まずは1月末に行われる精神保健福祉士の国家試験をパスすることである。通信教育学校の先生からも暖かい応援メッセージをいただいた。何が何でも合格しないとだめだというプレッシャーをかけながらこの1月を乗り切ろうと思う。でも正直、勉強のほうはあまり進んでいなく不安が先行しているのが事実である。「頑張るのみ」と言い聞かせながら・・・。
2月は、道主催の権利擁護の研修会で津別の高齢者虐待ネットワークの取り組みをシンポジストとして発表することになっている。昨年10月にも道社協主催の高齢者虐待防止セミナーでも発表の機会があり2回目となる。今年度は他に12月にもケアプラン点検業務の取り組みについて支庁主催の研修会で発表の機会があった。地域包括支援センターでみると介護予防事業の認知症予防の取り組みを、同僚の保健師が12月に旭川で、同じ2月に札幌と発表機会を持たせていただく予定になっており、津別の名を広めるのにいくばくかの役に立っている。取り組み自体は他の市町村でも行っていると思うが、紹介をしてくれた関係者に感謝である。
社会福祉士会の活動では、やはり会員拡大の取り組みである。オホーツク地区支部の取り組みも目立った結果にはなっていなく、北海道全体でも数値としてはこれからである。今年1年、というより今年の4月、5月が勝負でもある。こちらも頑張るのみである。
春先からこんなに頑張っては息切れしそうではあるが、そんな心配はしなくていいだろう。保佐人としての仕事もこれからの課題もある。今年も昨年以上に忙しくなりそうだ。
何はともあれ、健康に十分気をつけながら、先を見据えながら邁進する一年でありたいと思う。
2009年12月2日水曜日
自殺対策
師走を迎え、また今年の正月に報道された派遣村が出ざるを得なくなることが懸念される。同時に、自殺者の増加も心配され、政府もハローワークで生活保護の申請ができるようワンストップサービスの展開などの施策が検討されている。
この自殺問題については、先月網走市でシンポジウムが開催されるなど、地方都市でも取り組みが始まっている。このブログでも8月に取り上げたテーマだが、再度考えてみたい。
わが国の自殺者は1998年に年間3万人を超え、2007年も3万3,093人と、10年連続で3万人台の死者が出ており大きな社会問題になっている。
2008年は警察庁の調査で3万2,249人と前年より減少したものの、2009年8月時点では22,362人で前年同期と比べ971人、4.5%増となっており減少傾向には至っていない。
同じ社会問題となっている交通事故は、国や地方自治体、職場や家庭での取り組みで交通事故による死者は年々減少傾向にあり、2008年では5,155人でこれを自殺者数と比較すると交通事故死の6.2倍に達している。
2008年の自殺者数のうち男女の割合では男性が70%近くを占めている。年代別では、50代が6,480人(20.1%)で一番多く、次いで60代の5,635人(17.5%)、40代の5,237人(16.2%)と続き、働き盛りの中高年齢者の自殺が多い実態にある。
また、原因と動機の状況では、健康問題が48%、経済・生活問題が23%、家庭問題が12%となっているが、これらの問題が複雑に絡み合っているものと思われる。
この状態を受け2006年に制定、施行された「自殺対策基本法」では、国、地方公共団体はもとより、事業主や国民一人ひとりの責務を定めている。
この法律に基づき、2007年に策定された「自殺総合対策大綱」では、�自殺は追い込まれた末の死、�自殺は防ぐことができる、�自殺を考えている人は悩みを抱え込みながらもサインを発している、との三つの基本認識と、社会的要因も踏まえた総合的取り組みや国民一人ひとりが主役となった取り組みなど六つの基本的な考え方を提示。
当面の重点施策として、自殺の実態解明、国民一人ひとりの気づきと見守りの促進、早期対応の中心的役割を果たす人材の養成、心の健康づくりの推進、適切な精神科医療の受診機会の創設、社会的な取り組み、自殺未遂者の再度の自殺予防、遺された人の苦痛の緩和、民間団体との連携強化の九項目を掲げ取り組まれている。
2008年10月には自殺対策加速化プランが定められ一層の推進が図られている。
また、いのちの電話連盟などボランティア団体の活動や、世界自殺予防デーにちなみ毎年9月10日から1週間を自殺予防週間として取り組みが行われているが、都道府県単位や都市中心の取り組みに終わっているのが現状ではないだろうか。
一方、失業者数と自殺者数の増減の関連性も見て取れるため、今日の経済不況の中で派遣切り等による高い失業率も懸念されるところである。
交通事故撲滅の取り組みは、どんな小規模自治体でも町や企業、家庭を巻き込んだ取り組みが行われている反面、その6倍以上の働き盛りの人が亡くなっていることに対し、まだまだ個人的問題としての意識が強いのではないだろうか。
国、自治体、企業、家庭などが一体で取り組まない限り、尊い命を守ることはできない。
2009年12月1日火曜日
ケアプラン点検業務
今年10月に我が町は、居宅介護支援及び介護予防支援で行っているケアプランについて、第三者の事業者に委託し、ケアプラン点検業務を行った。
ケアプラン点検の経緯は、もともと厚生労働省が平成15年度から実施しているもので、当初はケアプランチェックという名称で行っていたものである。
その後、介護給付費用の増加に合わせ、各都道府県において「介護給付費用適正化事業」として介護給付適正化計画に基づき、「認定調査状況チェック」「ケアプランの点検」「住宅改修・福祉用具給付等のチェック」「介護給付費通知」「医療情報との突合・縦覧点検」が主要5事業として設定され、平成22年度まで全保険者が全事業を実施することを目標としている。
このうちケアプラン点検の目的は、不適切な介護給付費の削減とあわせ、ケアプランが利用者の自立支援に資することにつながっているかである。もちろん、我々介護支援専門員のスキルアップや事業所としてのレベルアップも大きな目的の一つである。
当事業所は町直営事業所であり、保険者である介護保険担当者も同じ町職員で、基本的に事務職員のためケアプラン点検を行う専門性を持った職員ではない。
また、居宅介護支援事業所だけでなく、通所介護や短期入所など数少ない居宅介護サービスのほとんどが町直営事業所である。
そのためケアプラン点検は、同じ町職員でない第三者による点検が望ましいと考えていた。そして、第三者を誰にお願いするかであるが、すでに我が町より先に厚真町がこの事業を実施しており、この業務を引き受けたのが、北海道社会福祉士会である。
我が町も現段階では北海道社会福祉士会しかこの業務を行っていないとの経緯で、随意契約により点検業務を委託したものである。
事前書類の準備や関係書類の送付を行い、10月に調査員6名が来町し、介護支援専門員へのヒアリングが3日間行われた。
6名の調査員は、社会福祉士で主任介護支援専門員の他に介護支援専門員資格を持つ理学療法士及び保健師が含まれていた。
特に理学療法士の調査員からは、何のために歩行練習などを行うのか、好きな俳句を役員宅に届けるためとか、孫の顔を見にいくなど、利用者の意識づけを明確にすること。また、万歩計をつけてもらい現在どのくらい歩いているのか、デイサービスで歩いているのはどのくらいなのか、具体的に歩く歩数や距離も目標数値としてケアプランに反映させたらいいなど、具体的方法も提案いただいた。
今回の点検業務は、ケアプラン点検支援マニュアルに基づいて実施がされたが、抽出したケースは、今回と1年前の介護認定調査に着目し介護度が悪化した場合や改善した場合のケース。もう一つは、介護度が変わらないのにサービス内容が1年前と比べると増えていたり減っていたりしているケースを選び、認定調査票、ケアプラン、サービス利用票を事前書類として準備し行われた。
現地ヒアリングは、1ケース30〜40分程度で行われ、39ケースが3日間で行われた。
現在、報告書作成が進んでいると思われるが、まだ報告書の提出がされていないものの、介護支援専門員のスキルアップや事業所のレベルアップにつながったのは間違いない。
また、本町の限られた居宅介護サービスの中で、新たな資源開発も必要だが、何よりも今あるサービスの内容充実が必要だと言われた。それは職員配置数の増と合わせ、機能の充実である。
今後報告書の提出を待って、事業所内での協議を始め、地域ケア会議での協議などを経て、必要な改善など内容充実を図っていきたい。
今回行ったケアプラン点検業務については、管内でも第三者の事業所に委託したのは珍しいということで、今月15日に行われる網走支庁主催の地域包括支援センター意見交換会で発表する予定になっている。
2009年11月29日日曜日
おふくろの味をつなぐ
北海道の11月は、冬への準備を行う月でもある。先週は、我が家と隣町に住む母親宅の庭木の冬囲いをした。いつもより、2週間くらい遅かったせいか、土が凍結し竹が刺さらずツルハシで起こして何とか囲いをした。
また、先週の3連休でこれまた11月に行う漬物漬けをした。
私は漬物が大好きである。数年前までは、母親が漬けたものをもらっていた。その母親も今年85歳である。そろそろ漬物は難しいなあと言い始めたのが3年前である。
漬物は、その家、その家に伝わる味がある。
母親がつくる漬物の味に慣れている私にとって、この味がなくなるのはなんとも惜しい。かといって、私の妻は自分が漬けようとまでは考えてない。
そんなわけで私は、母親の味、おふくろの味を残そうと3年前から漬物漬けをしている。
最初の年は、母親に聞きながら、手伝ってもらいながら「ニシン漬」を漬ける。
そして去年は、「大根の粕漬」を漬けようと粗漬けまでしたときに、母親が腰椎圧迫骨折で入院となる。そのためその後は、病室で母親から聞いたレシピをもとに、粕を作り完成させた。もちろん「ニシン漬」も一緒に漬けたが、こちらはその前の年に漬けたときに作成したレシピがあり、妻と一緒に漬けることができた。
漬物2年目の味は、職場の仲間にたいそう評判がよく、褒められると人間気持がいいもので、またおいしいものつくるぞという考えになるものである。
ところが今年は、仕事やら社会福祉士会の活動、精神保健福祉士の実習やら何か10月から忙しく、漬けものを準備するどことか先述した冬囲いもままならない状況。妻には「そんなに忙しいなら、やりたいと思ったことでもやれないことはあるしょ」と、今年の漬物はあきらめなさいと暗に言われる始末になる。
それでも、せっかく2年間漬けてきただけにあきらめるわけにはいかず、前々週に材料探しから始まり大根の粗漬けをしてしまう。そこまですると妻は何もいわなくなり「今年は何を漬けるのさ」と話す言葉も変わってきた。
そして先週の3連休で、昨年同様「大根の粕漬」と「ニシン漬」を漬けることができた。
漬物は、下準備が結構いることを自分が漬けて初めてわかった。
母親が教えてくれた我が家のニシン漬は、二日前にみがきニシンを米のとぎ汁に漬けることで苦味をとり、一日前にはうろこをとる。それを適度の大きさに切り、みりん、酢、キザラなどで作ったたれに浸しておく。麹(こうじ)も同じように味付けをして一日置くことで、野菜にうまく味が伝わるらしい。
今日は、漬けて1週間目となる。母親からのレシピでは、一度味見をして、重石を少し軽いものへと変えるとなっている。
今年の味はどんなものか、仲間に配れるくらいの味になっているか、おふくろの味がつながっているか、昼からの作業が楽しみである。

